


大学の農学部でバイオテクノロジーを専攻して、卒業後はノエビアの研究所に就職しました。周りの同級生達は、製薬会社や食品会社の研究機関に就職する子がほとんどだったんだけど、私は食品も薬品もピンと来なくて。化粧品会社が面白そうだなと思ってノエビアに決めたんだけど、その頃から美や美容に対しては、ものすごく興味がありましたね。
その頃の私は、人からどう見られているのかをものすごく気にしながら生きていたから、自分が自分の人生で何をやりたいかというよりも、人からどう見られてるかとか、すごいと言われたいとか、恥ずかしくない仕事か、なんていう世間体をすごく気にしてた。研究職って、一般的にはエリートといわれるみたいな感覚ってあるじゃない?だから、自分がやりたいっていうより世間体がいいから「研究職」を選んだって感じかな。
研究所では、新しい有効成分を探すような基礎研究の部門にいて、私の担当は美白成分を探すこと。とにかく、実験の毎日だったなあ。
しかも研究所が滋賀県にあって、週末何をして遊ぼうか、旅行にはいつ行こうかって、そればかりが私の楽しみになってて、ノイローゼまではいかなくても、とにかく毎日が面白くないわけ。 |
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当時、福岡に彼氏がいて、福岡と滋賀の遠距離恋愛してたんだけど、彼がたまたまNAGAIの講座に参加して、「すごくよかったから参加した方がいい」なんて言い出してね。でも、コミュニケーションの講座なんて私には必要ないって思ってたから、一度は断ったんだけど、一回でいいから自分のいう事を素直に聞いてみてって言われて…。参加してよかった!だって、自分のことがキライだった私が、私の笑顔っていいかも?私もいいところがあるかも?と自分を認めてあげられるようになったもの。
そして、人からどう見られているのかばかりを気にするのではなくて、自分の人生なんだから自分が何をやりたいのかをちゃんと考えるようになったのよ。それからかな、研究職やめて営業をやりたいと思い出したのは。でも、結果をだしてからじゃないとやめられない!なんて思って、美白成分を必死に探して、特許まで取って、実は、今それが商品として世に出てるの。自分が残したものがカタチになるのもうれしいよね。その後、ノエビアの関連会社のノブという会社で営業やって、すっごく面白かった。仕事は面白くなったんだけど、その頃からアメリカに行って、英語をマスターしたいなあって思い始めて…。それが24歳の頃で、アメリカに行ったのは26歳。 |
| 周りからはずいぶん反対されたけど、押し切って、会社も退職して留学することにしたんだけど、でも、ただ普通に勉強しても面白くないじゃない?自分の興味のあることを勉強しようと思って、コスメトロジーという美容学科に入学したの。コスメトロジーって、日本でいう美容師みたいなものかな。髪を切るだけじゃなくて、メイクとかカラーとか「美」のいろんなことを勉強するんだけどね。それで、州の資格(日本では国家資格だが、アメリカでは州ごとの資格)を取って、ヘアデザイナーの仕事をするようになったの。 |


大学に行きながら美容室で仕事もして、夜は寿司レストランでウェイトレスの仕事もしてた。州の資格(アメリカでは州ごとの資格があります)を取得して、カレッジも卒業して、アメリカではちょっと有名な美容室でヘアデザイナーの仕事をさせてもらってた。アメリカは様々な人種の方がいるから、肌の色、目の色などに合わせてヘアカラーをしたり、もちろん、カットもしたけどね。今でも、友達とかスタッフにやってあげるんだ。
苦労したこともたくさんあったなあ。でも、英語は大丈夫だった!旅行に行った時に話せる程度の会話しかできなかったんだけど、美容の学科は実技が多いから、目で見て理解できる部分も多かったし、美容畑で働いていたから、ある程度の知識もあったし、アメリカ人より成績良かったよ。はっきり言って!英語をマスターしようと思ったらね、まず恋愛すること。もちろん、ネイティブスピーカーとね。そしたら、すべて英語でしょ?私も恋愛から多くのことを学んだもの。現地の友達から、怒り方、嘆き方までばっちりだねと言われる位にまでなった(笑) |
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日本にいても、アメリカにいても、自分が恋愛するわけだから、人間関係的には変わらないよね。今の言葉で言うと”ダメンズ”みたいな男の人と付き合うことばっかり。そういう人を選んでいるつもりはないんだけど、結果的にそういう人を選んでしまってた。
私はね、すごく淋しがり屋で、一人ぼっちでいるのが嫌なの。だから、寂しさを紛らわすためだけに男の人と付き合ってるようなところもあったな。自分に自信が持てなくて、"愛されたい"とか"淋しい思いをしたくない"っていうのが第一優先だったから経済的な面倒をみるというのは苦にならなかったの。私だけではなく、美容師を職業としている女性には多かったかもしれないなあ。アメリカにいたときに、働いていたお店のオーナーも、奥さんが稼いで、旦那さんが主夫という家庭だったし。日本と比べてアメリカはそういうのに抵抗が少ないのかもね。お互いの人生がうまくいけば、それでいいという考えなんだろうね。ただ、私の場合は、そのことで自分が堕落すると言うか、お互いが成長していくタイプではないとよく言われたけど。
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| 帰国することになって、アメリカで付き合っていた彼氏にはちゃんとお別れをしてきたのに、相手はそうではなくて、日本まで追いかけてきてビックリした!周りにいた友人たちが"絶対に別れた方がいい"と言っていた彼だったし、私もこのままずるずるいってしまったらダメだなと思っていたから、私にとっては帰国はちょうどよかった。半年くらい経ったある日、いきなりピンポーンってマンションのベルが鳴って、ドアを開けたら彼が立っていたのよ!ほんとうにビックリした。彼は日本で私と暮らすつもりだったみたいだけど、周りの協力もあって、どうにか本当のお別れができました(笑)。 |
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